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東京地方裁判所 昭和59年(ワ)13089号 判決

第一、第二事件原告 甲野太郎

第一事件被告 松下通信工業株式会社

右代表者代表取締役 松田章

右訴訟代理人弁護士 和田良一

同 狩野祐光

第一事件被告 セントラル工設株式会社

右代表者代表取締役 大和昭光

第二事件被告 セントラルエンジニアリング株式会社

右代表者代表取締役 渡辺伸

被告セントラル工設・同セントラルエンジニアリング訴訟代理人弁護士 宇田川昌敏

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一請求

一  原告が被告松下通信工業株式会社に対し雇用契約上の権利を有する地位にあることを確認する。

二  被告松下通信工業株式会社は、原告に対し、金一三六万二一三〇円及びこれに対する昭和五九年一一月二七日から支払済みまで年六分の割合による金員並びに昭和五九年一一月から毎月末日限り金二四万六六二〇円を支払え。

三  被告セントラル工設株式会社は、原告に対し、金一五二万二四〇二円及びこれに対する昭和五九年一一月二四日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

四  被告セントラルエンジニアリング株式会社は、原告に対し、金一八六万一六一〇円及び内金一一七万七八〇〇円に対する昭和六三年一一月二七日から、内金六八万三八一〇円に対する平成二年三月二八日から、各支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

一  (当事者)

1(一)  被告松下通信工業株式会社(以下「被告松下通信工業」という。)は、情報・通信機器、計測・制御機器及び音響・映像機器等の電気機械器具の製造、販売等を業とする株式会社である。

(二) 被告セントラル工設株式会社(以下「被告セントラル工設」という。)は、石油精製装置、化学プラント装置、公害除去防止装置等の設計、建設、補修、運転、維持管理等を業とする株式会社であり、いわゆる日創グループに属している。

(三) 被告セントラルエンジニアリング株式会社(以下「被告セントラルエンジニアリング」という。)は、通信機器の設計、製図及び製作、各種プラントの計画、設計、製図、建設及び管理等を業とする株式会社であり、同被告を筆頭とする関連会社が日創グループを形成して相互に密接な業務提携のもとで事業を遂行している。

2  原告は、被告セントラル工設との間で、昭和五七年八月一一日付けで雇用契約を締結した。

右雇用契約に至る経緯は、次のとおりである。すなわち、原告は、昭和五七年七月、被告セントラル工設のエンジニア募集との新聞広告を見て、同月二〇日ころ、履歴書を持参して同被告事務所を訪問の上、設計製図技術者として応募し、同被告永田豊専務の面接を受け、機械関係の設計図面を描く仕事をしたい旨申し出、同専務から、おおよその処遇は時間給単価一二五〇円、交通費会社負担との説明を聞き、その翌日、同被告を訪れ、同専務から時間給単価が一一五〇円になるがどうかと言われてこれを了解し、同年八月一一日付けで同被告に嘱託として採用された。

二(被告セントラルエンジニアリングへの出向)

被告セントラル工設は、原告に対し、右同日、被告セントラルエンジニアリングへの出向を命じた。

三(原告の仕事)

原告は、昭和五七年八月一一日から昭和五八年一一月一五日までの間、被告セントラルエンジニアリングの命により、被告松下通信工業綱島工場(以下単に「綱島工場」ということがある。)のフロッピーディスクドライブ技術課で、フロッピーディスクドライブ装置のクランプ(固定)状態の検証実験測定等の仕事をし、同月一六日から昭和五九年五月一〇日までの間、被告松下通信工業佐江戸工場(以下単に「佐江戸工場」ということがある。)の変換器設計課で、補聴器の部品の性能測定等の仕事をした。

四(原告に対する賃金の支払)

原告は、右の間、被告セントラル工設から毎月二〇日締切、当月末日払いの時間給賃金の支払を受けていたが、その額は、昭和五七年八月一一日から昭和五八年六月二〇日までの間は一時間当たり一一五〇円、同月二一日から昭和五九年六月二〇日までの間は一時間当たり一三八〇円の各時間給単価に、原告の作業時間(昭和五九年五月分を除き別表(一)及び(二)の「労働時間数」欄記載のとおり。同月分について被告セントラルエンジニアリングは、七一・五時間であると主張している。)を乗ずる計算によって算出された額(同表(一)の「支払額」欄記載のとおり)であった。

五(被告セントラルエンジニアリングから被告セントラル工設への支払)

被告セントラルエンジニアリングは、被告セントラル工設に対して、出向料として、原告の就労一時間当たり、昭和五七年八月から昭和五八年一〇月までの間は一七〇〇円を、同年一一月からは一七五〇円を支払った。その算定の基礎となる労働時間は、前記のとおりであり、各月分の支払額は、昭和五九年五月分を除き、別表(二)の「支払額」欄記載のとおりである。

六 (被告松下通信工業から被告セントラルエンジニアリングへの支払)

被告松下通信工業は、被告セントラルエンジニアリングに対して、請負代金として、原告の就労一時間当たり二〇〇〇円を支払った。原告は、その各月分の支払額が、別表(二)の「受取額」欄記載のとおりであると主張し、被告セントラルエンジニアリングはこれを争っている。

七(原告の退職)

原告は、昭和五九年五月一〇日ころ以降いずれの被告会社にも出社しなくなり、間もなく「自己都合による退職」を理由として雇用保険の支給を受けるに至っている。

八(請求)

このような事実関係の下で、原告は、被告松下通信工業との間で雇用契約が成立し、それが継続しているとして、同被告に対し、雇用契約上の権利を有する地位にあることの確認並びに昭和五九年五月一〇日以降同年一〇月分までの未払賃金月額二四万六六二〇円(被告セントラル工設が原告に対し昭和五九年二月から四月までに支払った賃金の平均額)合計一三六万二一三〇円とこれに対する訴状送達の翌日である同年一一月二九日から支払済みまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金及び同年一一月分以降毎月末日限り賃金月額二四万六六二〇円の支払を求める。さらに、被告セントラル工設及び被告セントラルエンジニアリングがそれぞれ別表(一)及び(二)の「利得額」欄記載の各金額を不当利得としているとして、右各被告に対し、右各金員及びこれに対する各催告の日の翌日から支払済みまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求める。

第三争点

本件の中心的争点は、①原告と被告松下通信工業との間で雇用契約が成立したものと認められるか、②原告に対する関係で、被告松下通信工業から被告セントラルエンジニアリングへの支払額と被告セントラルエンジニアリングから被告セントラル工設への支払額の差額が被告セントラルエンジニアリングの、被告セントラルエンジニアリングから被告セントラル工設への支払額と原告が同被告から受領した賃金との差額が被告セントラル工設の、それぞれ不当利得となるかであり、これらの争点に関する当事者の主張は概要のとおりである。

一  原告の主張

1(被告松下通信工業に対し)

原原告は、昭和五七年八月一一日付けで被告セントラル工設に形式的に採用され、直ちに被告セントラルエンジニアリングに承諾なく形式的に在籍出向させられ、同日、被告松下通信工業綱島工場で同被告の管理職の面接を受けて同被告に採用された。そして、原告は、同日から、被告松下通信工業の前記各工場で、被告松下通信工業の社員のみから直接指揮命令されて同被告の従業員と一体となって同被告の就業規則の適用下に単純労務作業に従事して働き、その賃金は、同被告から被告セントラルエンジニアリングに対して請負代金名下に一か月の総労働時間に一時間当たりの単価を乗じた金額を一定期日に支払い、被告セントラルエンジニアリングが管理費名下に一定額を控除してその残額を出向料名下に被告セントラル工設に支払い、被告セントラル工設から原告に対して一定額を管理費名下に控除してその残額を支払う形式となっていた。したがって、原告と被告松下通信工業との間には黙示の雇用契約があったというべきである。

2(被告セントラル工設及び被告セントラルエンジニアリングに対し)

原告と被告セントラル工設との間の雇用契約、被告セントラル工設と被告セントラルエンジニアリングとの間の出向契約及び被告セントラルエンジニアリングと被告松下通信工業との間の請負契約はいずれも形式的なものにすぎず、被告セントラル工設及び被告セントラルエンジニアリングは、差額金員を取得するために、原告を被告松下通信工業に原告を労働者として派遣供給していたにすぎないから、右出向契約及び請負契約は、いずれも労働者供給契約を禁止した職業安定法四四条、同法施行規則四条一項及び賃金の中間搾取を禁止した労働基準法六条に違反するものであり、無効であると解すべきであるから、右各被告は法律上の原因なくして別表(一)及び(二)の各「利得額」欄記載の各金員を不当に利得したものとして原告に返還する義務がある。

二  被告らの主張

1(被告松下通信工業の主張)

被告松下通信工業は、原告との間で雇用契約を締結したことはない。すなわち、

(一)  被告松下通信工業は、協力関連会社(同被告内部では「共栄会社」と呼んでいる。)との間で、業務の請負に関する取引基本契約を締結しており、右基本契約に基づき、同被告の各事業部において業務委託の必要の生じた都度、更に業務請負の個別契約を締結して業務の委託を行っている。

右個別契約の締結に当たっては、各事業部が委託しようとする業務の内容を具体的に特定して予め共栄会社に注文書等で示し、共栄会社がこれに対する見積書を提出し、その見積内容で同被告が了解すればそれをもって右見積書内容では了解できないときは再度見積書の提出を求めるなどして交渉した上で、両者合意して業務の委託を行う例である。右業務委託においては、各事業部が委託業務の内容と納期を示すだけで、委託業務の遂行に何人配置するか、誰を配置するかといったことは、専ら当該共栄会社の裁量に委ねられている。

右個別契約を締結した後、共栄会社は、委託を受けた業務の内容に応じて、自己の事業場内で遂行することができるものはそこで行い、業務に必要な設備、器具等の関係から同被告の工場内で遂行することが便宜なものについては同被告の工場内で行う旨同被告との間で取り決め、そのとおり実施している。

(二)  同被告は、共栄会社である被告セントラルエンジニアリングとの間で、昭和五六年一一月二一日付けの期間一年間の取引基本契約を締結し、その後、同基本契約を期間満了時毎に更新している。

そして、原告主張の時期において、被告松下通信工業は、右基本契約に基づき、次のとおり個別契約を締結していた。すなわち、同被告は、被告セントラルエンジニアリングとの間で、昭和五七年八月から昭和五八年一一月までの間は綱島工場のデータ制御事業部が同事業部フロッピーディスク装置部技術課所管のミニフロッピーディスクドライブの開発業務、特にコレットの信頼性評価試験を主体とした実験業務の個別契約を、昭和五八年一一月から昭和五九年五月までの間は左江戸工場の視聴覚機器事業部が同事業部技術部変換器設計室所管の補聴器設計開発のための部品・製品の組立、測定及び治工具設計業務の個別契約をそれぞれ締結して、その業務を委託していた。

2(被告セントラル工設の主張)

被告セントラル工設が被告セントラルエンジニアリングから取得した出向料は同被告との間の出向契約に基づくもので、その取得が原告に対する不当利得となることはない。

3(被告セントラルエンジニアリングの主張)

被告セントラルエンジニアリングが被告松下通信工業から取得した請負代金は同被告との間の請負契約に基づくもので、その取得が原告に対する不当利得となることはない。

第四争点に対する判断

一  原告と被告松下通信工業との間の雇用契約の存否について

1  原告と被告セントラル工設との雇用契約については次の事実が認められる。

(一) 被告セントラル工設は、昭和五七年七月、同被告本社及び石川島播磨重工業株式会社内での設計業務を担当すべき設計製図技術者等を求めて、各新聞紙上に同被告名義の従業員募集の広告を登載した。原告は、右の広告を見て、同月二〇日ころ、同被告の事務所を訪問して、同被告への雇用を求め、同被告の永田豊専務の面接を受けた。同専務は、原告の年齢や技術経験等からみて、直ちに正社員として採用することは無理だと判断したが、時間給制の嘱託として採用することを考え、翌日、同被告事務所を訪れた原告に対し、時間給単価を一一五〇円、交通費別途支給とする提案をし、原告はこれを了承し、その後、原告と被告セントラル工設との間で、原告と同被告とを当事者とすることを明記した同年八月一一日付けの雇用契約書が作成された。

(二) 右雇用契約書作成までの経過は、次のとおりであった。

(1) 被告セントラル工設は、おりから被告セントラルエンジニアリングから見習いクラスの技術者でもよいから同社通信機事業部に出向させてほしいと求められていたため、社内での検討を経て、被告セントラルエンジニアリングと連絡の上、同年八月一日ころ、同被告事務所に原告を連れて行き、増村林蔵通信機事業部長に会わせた。原告と面接した同部長は、工業高校卒業後約一〇年間小西六写真工業株式会社で複写機の設計及び試作等の業務に従事したことがあるという原告の経歴等から、後記2の松下通信工業との業務請負に関する取引基本契約に基づいて同被告から要請されていた綱島工場における複写機開発部門の業務又はフロッピーディスクドライブ開発部門の業務に適当であると考え、原告を被告松下通信工業関係の業務につかせることを決めた。

(2) 間もなく、被告セントラルエンジニアリングの管理職に伴われて被告松下通信工業綱島工場を訪れた原告は、まず、同被告松下開発研究所機構電子部松村保部長に引き合わされたが、同部長から同被告の複写機開発部門内に原告を入れることに難色が示されたため、続いて、同被告データ制御事業部フロッピーディスク装置部技術課の寺村允安課長に引き合わされ、同課所管のミニフロッピーディスクドライブの開発業務、特にコレットの信頼性評価試験を主体とした実験業務に関する後記2の個別業務委託契約に基づく作業を担当することに内定した。

(3) 右のような経過を経て、原告は、被告セントラル工設との間における昭和五七年八月一一日付け雇用契約書を作成したものであり、右雇用契約書上には、原告の稼働場所が被告松下通信工業の綱島工場であることが明示された。

(三) 原告は、右雇用契約当時から、被告松下通信工業での原告の仕事が下請という形式によるものであることを知っていた(原告の綱島工場での仕事が請負名目の契約に基づくものである旨の説明を雇用契約当初から原告が聞いていたことは、平成二年七月四日付け原告準備書面において、原告の自認するところである。)。

2  被告らの業務等とその相互間の関係については次の事実が認められる。

(一) 被告セントラル工設は、前記営業を行う資本金四〇〇万円の株式会社であり、被告セントラルエンジニアリングは、前記営業を行う資本金四〇〇〇万円の株式会社であり、ともに日創グループの一員である。

日創グループとは、株式会社日創の傘下にある被告セントラルエンジニアリングを筆頭とする企業五社をグループとして総称する場合の呼び名であり、同グループ内各社は、主要な取引先を異にしつつも、極めて密接な業務提携のもとで事業を遂行しており、同グループ全体の業務の進捗状況に合わせて、人材及び技術の交流を行っている。

(二) 被告松下通信工業は、被告セントラルエンジニアリングの主要な取引先であるが、いわゆる共栄会社との間で、業務の請負に関する取引基本契約を締結し、これに基づき、各事業部で必要が生じる都度、更に個別の契約を締結して業務の委託を行っている。被告セントラルエンジニアリングとの間での取引基本契約は、昭和五六年一一月二一日付けで期間一年間として締結され、その後、同基本契約を期間満了時毎に更新している。

(三) 被告セントラルエンジニアリングは、機械事業部と通信事業部とからなり、前者は、プラントを中心とした設計管理業務等を行っており、後者は、被告松下通信工業の協力工場として、横浜市港北区樽町に樽町工場を持っている。同被告は、被告松下通信工業から前記のような個別の業務の委託を受けた場合、その業務内容が樽町工場等の自己の事業場内で遂行することができるものはそこで行うが、その業務に必要な設備、器具や技術力等の関係から被告松下通信工業の工場内で遂行することが便宜なものについては同被告の工場内で行っている。

(四) 昭和五七年八月当時、被告セントラルエンジニアリングは、被告松下通信工業から、右基本契約に基づき、請負契約名目で、複写機開発関係及びフロッピーディスクドライブの開発関係等の業務委託を受けており、被告セントラル工設が被告松下通信工業から業務処理の委託を受けたことはない。

(五) 以上のとおりであって、各被告は、相互に関連を有しながらも、別個に独自の事業を営んでいる独立の法人であり、また、原告に関する被告セントラル工設と被告セントラルエンジニアリングとの間の出向契約及び被告セントラルエンジニアリングと被告松下通信工業との間の請負名目の契約はいずれも形式だけのものではなく、実体を備えているといえる。

3  原告の綱島工場及び左江戸工場での取扱いと右各工場での原告の仕事等については次の事実が認められる。

(一) 原告は、昭和五七年八月一一日から昭和五八年一一月一五日までは綱島工場で、同月一六日から昭和五九年五月一〇日までは佐江戸工場で仕事をした。右各工場で仕事をするいわゆる共栄会社の従業員は、初めに当該工場の構内作業許可証の交付を受けて、これを携帯することになっており、原告も、右各工場での稼働を始めるに当たって、被告松下通信工業から、各工場の構内作業許可証の交付を受け、これを携帯して各工場に出入りしていた。また、原告を含めて共栄会社の従業員に対しては、被告松下通信工業の従業員と区別された作業服と作業場所(共栄コーナー)が用意され、同被告の全従業員によって組織される労働組合に加入することはなく、同被告の従業員による毎朝の朝会にも出席することはないし、職員懇談会やレクリエーションに参加することもない。共栄コーナーには、各共栄会社所有の机が設置されており、綱島工場においては原告に特定の机が貸与されていた。同コーナーは、共栄会社の従業員の作業及び待機のための場所として用意されているものである。しかし、そもそも、共栄会社が自らの事業所でなく被告松下通信工業の工場で作業を行うことを便宜として、構内作業許可を得て同工場で作業を行う方法をとっている以上、当然のことながら、当該の作業員の担当する作業内容いかんにより、使用する測定装置等の関係で現実の作業を行う場所が殆ど同コーナー外で行われることもあり、原告の作業も佐江戸工場においては殆どが同コーナー外で行われた。

(二) 原告は、昭和五七年八月一一日から昭和五八年一一月一五日までの間、綱島工場で、主として、被告松下通信工業のフロッピーディスクドライブ技術課所管のフロッピーディスクドライブの装置の部品であるロータ上のスピントルやコレット(これらが噛み合わさる中にディスクが固定される。)その他の部品の寸法の許容値、精度、耐久性等についての検証実験測定等の作業にあたった。また、原告は、同月一六日から昭和五九年五月初めまでの間、佐江戸工場で、主として、同被告変換器設計室所管の補聴器の部品の性能測定の仕事をした。

(三) 原告は、被告セントラル工設との雇用契約締結の際、同被告永田専務から、一年間は嘱託として雇用するが、その後は正社員とすることもあるという話しがあったことから、昭和五八年六月、同被告の永田専務に連絡をした上で、同被告事務所に赴き、同専務に対して、契約期間切れに際して、身分を正社員にしてほしい、賃金を上げてほしいなどと求め、同月二一日、時間給単価を交通費込みで一三八〇円とすることを合意し、その旨明記した新契約書(契約期間は右同日から一年間の昭和五九年六月二〇日までとされた。)を取り交した。

(四) 昭和五九年四月ころ、原告は、被告セントラルエンジニアリングから被告松下通信工業の佐江戸工場に来ている女子従業員から、被告松下通信工業がその仕事に関して支払っている金額とその者の受け取っている賃金額との間には二倍位の差があるという話しを聞いた。原告は、そのときは深く考えなかったが、その後、同月一五日ころ、野々村技師から作業伝票の書き直しをするように言われた際、当該書類上の記載から、原告の仕事に関して被告松下通信工業が被告セントラルエンジニアリングに支払っている金額が、自らが受け取っている賃金額と大きく隔たっていることを知った。一方、そのころ、同工場の野々村技師が補聴器の検査作業中にボリュームの大きな音を聞いて耳を痛めたことから、原告は、自分が仕事中に災害に会った場合の保障がどうなるのか心配するようになり、前記変換器設計室長三浦研造に右の点を尋ねたところ、被告セントラルエンジニアリングに聞くように言われた。そこで、原告は、被告セントラル工設の永田専務らに対し、同年五月上旬ころ、労災の保障の点を尋ねる一方、正社員にしてほしいとか、賃金を上げてほしいなどと要望したが、同被告には原告を正社員とする意思はなく、また、労災問題については、日本セントラル事業主協会に入会したらどうかなどと対応し、原告の要望と折り合いがつかず、原告は、前記増村部長に被告セントラルエンジニアリングとの間の雇用契約に変更してくれるように頼んだりもしたが、同被告にその意思はなく、結局、そのまま、同一〇日ころ以降、原告は、被告らのいずれのところにも顔を見せなくなった。そして、原告は、間もなく自己都合による退職を理由として雇用保険の支給を受けるに至った。

(五) この間、原告自身、被告松下通信工業の従業員になったという意識をもっていたわけではなかった。原告が、被告松下通信工業に対する本件訴訟を提起したのは、原告が昭和五七年八月以来働いた場所は専ら同被告の工場であって他の被告のところではなく、自分に働いてほしいと思っていたのは同被告なのだから、自分は同被告の社員になれるべきだ、と考えたためである。

4  以上のとおり、原告と被告セントラル工設との間には当事者を明確にした雇用契約が締結され、昭和五七年八月一一日付けの契約書が作成されていること、しかも、原告は、その約一年後には、同被告との間での待遇の交渉を経て、右雇用契約を更新し、再び明確な雇用契約書を被告セントラル工設との間で取り交していること、原告は、全期間を通じて、継続的に同被告から賃金の支払を受けていること、被告らは、相互に事業内容を異にする独立した法人であって、被告セントラル工設と被告セントラルエンジニアリングとの間には出向契約が、被告セントラルエンジニアリングと被告松下通信工業との間には請負名目の契約が、それぞれ締結されており、それが形だけのものであるとはいえないこと、当時の原告自身の意識としても、被告松下通信工業の従業員としてその組織内に組み込まれたとまでは考えておらず、昭和五九年五月の段階においても、仕事上の事故等に関する保障の問題などについての身分上の不安定を解消したいとして、被告セントラル工設に対して、賃上げのみならず、正社員とすることを要求してみたり、被告セントラルエンジニアリングに対して、同被告との雇用契約の締結を求めてみたりしていること、被告セントラル工設としても、右のような正社員としてほしいとする要求や賃金引上げなどの待遇の問題について終始雇用主たる立場で応対していることなどの事情に鑑みると、原告が被告セントラル工設との雇用契約締結時から専ら被告松下通信工業で働き、具体的な作業の指示を同被告の技師らから受けていたとしても、同被告との間に黙示の雇用契約が成立したとはいえないことが明らかである。

この点について原告は、本人尋問において、被告松下通信工業で働く際、「構内作業者心得」と題する書面を交付されたが、そこには、「当社から特定の業務の委託を受けて、当社構内で作業を行う場合には、この心得並びに就業規則及びこれらに基づく諸規則を誠意をもって守り職場秩序を保持する」との記載があった旨、また、被告松下通信工業綱島工場の佐野技師から残業するように言われたのに対して、当日、共栄会社従業員らの宴会があったこともあり、同技師から残業を命ぜられる筋合いはないと考えて、その旨同被告の管理職に話して退出したことがあったし、綱島工場で働いていたとき残業で退出が遅くなった際に一度タクシー代を被告松下通信工業に持ってもらったことがある旨を供述する。原告としては、これらの事実が、原告が被告松下通信工業の従業員であることの徴証であるとするものであるが、構内作業者心得に被告松下通信工業の就業規則の遵守が記載されているのは、同心得を全体としてみれば、職場秩序の保持のために規則を守ることがうたわれているだけのことであって、部外者の構内での作業を認める以上当然の要請にすぎず、これをもって原告が被告松下通信工業の従業員として扱われたものということはできないし、残業等の事実も、そのような事実があったとしても、直ちに黙示の雇用契約の成立を認めることができないのはもちろんである。

したがって、原告の被告松下通信工業に対する請求は、理由がない。

二  不当利得の成否について

原告が被告セントラルエンジニアリング及び被告セントラル工設に対し「争点」欄記載のような不当利得返還請求をなし得るためには、右各被告が「法律上の原因なくして原告の財産又は労務により利益を受け、これがために原告に損失を及ぼした場合」であることを要するところ、本件全証拠によっても原告に右損失の生じた事実を認めることはできない。

すなわち、原告は、原告が被告松下通信工業の各工場で提供した労務をもって損失と主張するが、前記のとおり、原告は、当初は一時間一一五〇円の、昭和五八年六月からは一時間一三八〇円の単価による前記時間給賃金を被告セントラル工設との合意によって自らの労務の対価と定め、右対価としての賃金を受領しているのであって、原告の労務は、右雇用契約に基づいて前記時間給賃金の対価として提供されたものであるから、不当利得返還請求の根拠となる損失とはなり得ないというべきである。原告は、あるいは、被告松下通信工業が原告の労務に関連して被告セントラルエンジニアリングに支払った金員が原告の労務の対価相当額であると考えるものかもしれないが、《証拠省略》によれば、同被告が被告セントラルエンジニアリングとの間で決定した右支払額の算定方法は、原告の提供する労務自体を直接評価した結果ではなく、被告セントラルエンジニアリングに委託した業務としての評価の結果であることが認められるから、右支払額をもって不当利得返還請求の根拠となる損失額と考える余地はない。

加えて、本件においては、被告セントラル工設の利得及び被告セントラルエンジニアリングの利得に関して法律上の原因を欠くものということもできない。

すなわち、被告セントラル工設が被告セントラルエンジニアリングから取得した金員は、右各被告間の出向契約に基づく出向料として支払われたものであり、また、被告セントラルエンジニアリングが被告松下通信工業から取得した金員は、右各被告間の請負名目の契約上の対価として支払われたものであって、被告らが相互に事業内容を異にする独立した法人であって、右出向契約及び請負名目の契約がいずれも形だけのものであるとはいえないことは、前記認定のとおりである。被告松下通信工業と被告セントラルエンジニアリングとの間の契約の法的性格が請負契約というべきものか、それとも準委任契約等の請負とは別種の契約であるかは措き、いずれにせよ、それが法律上の原因となることは疑いの余地がない。原告は、右各契約について、職業安定法四四条、同法施行規則四条一項及び労働基準法六条に違反するから無効であると解すべきである旨主張するが、仮に、右各契約が右各法条に違反しているとしても、そのことのみによって右各契約が無効となるものではない。

したがって、その余の点について判断するまでもなく、被告セントラルエンジニアリング及び被告セントラル工設に対する請求も理由がない。

(裁判長裁判官 相良朋紀 裁判官 松本光一郎 阿部正幸)

〈以下省略〉

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